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2009/10/01.Thu

比良の歴史ハイキング 栄えた港

比良の歴史ハイキング

今回のハイキングは欲張って、山から湖辺まで2回分を回る強行軍でした。
しかも傘を片時も離せない一日でした。

雨の中午前中の2時間半を歩くと、汗が滲み、靴も靴下もグショグショ。
ギャラリーskogで思い思いのお弁当を頂きました。
参加者の皆さんはお弁当持参で、大人の遠足ですね。
ひと時ほっとして午後のコースに出かけました。

比良の歴史ハイキング

午後の一番は今日の雨の元になった庄六さんのお墓。

前日からの雨で足元は川になっているかもしれないと心配しましたが、水は苔に吸われて、下見の時と変わらない状態でホッとしました。大きな裏白の生い茂る道を分け入ると。今にも落ちそうな丸太の橋が雨に光り、思わず足元に力が入ります。

比良の歴史ハイキング

庄六さんは1280年の比良庄境論争の決着をつけるくじに負け、申し訳ないと雄松崎を見下ろす丘で自害しました。哀れんだ村人はこの丘に庄六さんの墓を建てて霊を慰めました。

お墓は比良の庄向けて建ててもいつの間にか憎い雄松崎の方を向いてしまうというのは比良岡さん独自の説明でした。その後ろに建つ仏性塚は60年ほど前に農耕に使っていた牛が病気で沢山死んだ時に塚を立てたもので、庄六さんとは何の関係もないそうです。

この場所は「作家の仕事展」でお世話になる「福田寺」さんの土地なので、当時のご縁さんが同じ場所に建てたそうです。

比良の歴史ハイキング

山を降り琵琶湖に向かう道は、しいの実や栗、柿、黄金の稲穂が目を喜ばせてくれました。

そして「そぐらはま」へ。

ここは帆掛け舟が集まる琵琶湖の交易の港跡。蔵が立ち並んだ所から総蔵→そぐら浜となったそうです。その浜先の石垣に常夜灯が残っています。

比良の歴史ハイキング

この時期の琵琶湖は産卵を済ませたアユの死骸が打ち上げられて、異臭を放っていました。そぐら浜から湖辺の民家の間を抜けて鳥居浜へそして比良駅まで午後からも2時間半のハイキングはつつがなく終了しました。

雨の中の強行軍を果たし仲間はお互いに健闘を称え、案内の古老に心から感謝をしてお開きになりました。

比良の歴史ハイキング

ハイキングを通して、単に比良でお客様を迎えるだけではなく、ハイキングの仲間として四方山話をしながら歩くと、参加者さんとの距離がグゥーンと近づいた感じがします。

人気コースですから今後益々参加者が増える事でしょう。雨で断念された方も次の機会には是非ご参加してくださいね。

比良の歴史ハイキング

歴史ハイキングー2009秋  完
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比良の歴史ハイキング | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
 当日はあいにくの雨になってしまいましたが、
そんな中、ご参加いただいた皆様にも大変楽しんでいただけた様子に
思い切って実施して良かったとホッとしました。
 
案内人の方も「雨の中ようこそきてくださいました」と心から歓迎していただき嬉しかったです。

皆さん声を揃えておっしゃるのが「地域を守るため、先人が尽力いただいた偉業を後世に語りついで行くのが私たちの使命だと思っています」と地元の言葉で熱心に、そして楽しく説明してくださるので、拍手が涌いたりしてました。
13名と少なくはなりましたが、道中もいろんな話が飛び交いましたね~♪♪
おかげでアケビを見つけたり、いっぱい質問もされて、
案内人の皆さんも楽しそうにお答えいただいてて、
アットホームで楽しいハイキングとなりました。

ご参加いただいた皆様本当にお疲れ様でした。

そしてありがとうございました。

少々欲張ったコース設定で足のほうはガタガタ申しておりましたが(私だけかも知れません。)



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